備忘録

科学技術論を専門とする大学教員・研究者である林真理の教育、研究、生活雑記。はてなダイアリーから移行してきました。

脳死の女性から出産?

 2005年5月7日に倒れた妊娠中のアメリカ人女性が「脳機能停止」状態になった。
http://www.catholicnewsagency.com/new.php?n=4169
 お腹の中にいる女の子を無事出産してもらうために必要な、1日1500ドルになるICUの費用をまかなうための基金が設立されている。
http://www.susantorresfund.org/
 息をひきとりかけた母親の胎内にある小さな生命を、多くの人々の手で救おうという美しい話であることは間違いない。いろいろな問題をなげかけてくれる。
(1)そもそも脳死状態の人の延命を保険適用外とする現在の「体制」に問題はないのだろうか。日本であれば、どうだったろう? 少なくとも法的脳死判定が行われることなどないだろう。Susanの治療停止という「危機」は、彼女の病気の進行によって必然的に生じたものではなく、脳死を人の死と見なし臓器移植を推進する制度によって引き起こされたものではないのか。
(2)延命はいったい誰のためのものだろう。胎児のためのものか。あるいは、父親やまだ幼い兄のためのものだろうか。母胎の生存延長はそのための手段だろうか。それとも、Susan自身のためでもあるのか。病をかかえたSusanには、せめて子供を残したいという強い願いがあったに違いない。では、その願いが叶ったら(その後もSusanの延命が可能だとして)後は人工呼吸器を止めるのだろうか。生まれた子供は、母親の胸に近づき、心臓の音を聞いていたいかも知れない。肌に触れていたいかも知れない。それはもう必要のないことなのだろうか。寄附をした人たちは、どのように期待してそうしたのだろうか。出産がすべてのゴールなのかどうか。
(3)母親はNIHの研究者だそうだが、アメリカで他の誰かが同じような目にあったときにも、同じように問題がクローズアップされる可能性があるのだろうか。あるいは、これまで似たようなケースがあったのだろうか。あったとしたらどうだったのだろうか。