備忘録

科学技術論を専門とする大学教員・研究者である林真理の教育、研究、生活雑記。はてなダイアリーから移行してきました。

今どこに

 1年ほど前にも紹介した近所の八百屋さんが、とうとう店じまいをしたようだ。昨年末からずっと店のシャッターが降りており、夫婦が住んでいたはずの奥の住居にも人の気配がなく、まちBBSでも店じまいの噂が流れていたので、やっぱりそうだったかという感じだ。
 今日店の前を通ったところ、シャッター前にこまごまとしたものが置いてあり、好きなものを持っていって構わないという見慣れた字の貼り紙があった。野菜かご以外は普通の食器類ばかりだが、どれも使い込んであり、さらに交通量の多い道路沿いにあることもあって埃をかぶっている。何か記念の品を1つもらって帰ろうかと思ったものの、クッキーの缶ならたいていとっておくほど「もったいない精神」に富んだ私にすら、末永くもっておきたいと心惹かれるようなものがない。どう見ても「普通のがらくた」に過ぎないものばかりだ。持ち帰るのは躊躇われた。
 老夫婦2人なのに、駅前ということもあって毎晩遅くまで店を開けていた。そのため、帰りにときどき寄って足りない野菜の補充をしていた。夜は、風呂上がりらしい店主が店番をしていた。何品も買うと、おまけをしてくれたこともあった。自家製の漬け物が、けっこうおいしかった。こちらからは何も聞かないのに、調理法をわざわざ教えてくれることもあった。強い西日が当たる夏の日は「よしず」で野菜への直射日光を防ぎ、日が暮れてからは店先に裸電球を点していた。そんな昔ながらの八百屋さんだ。
 店がなくなってシャッターの閉まった様子は、ついこのあいだまで人が住み店を営業していたとは思えないほど、どこからどう見ても立派な廃屋である。いつも野菜の段ボール箱に入って昼寝をしていた汚れた飼い犬の行方も気になる。2人と1匹が、どこかできっと幸せな日々を送っていて欲しい。そんなふうに祈るばかりだ。