備忘録

科学技術論を専門とする大学教員・研究者である林真理の教育、研究、生活雑記。はてなダイアリーから移行してきました。

人間の資源化

学生の文章を読んでいて気になった表現「・・・な人材になりたい」

採用する側が「人材」という言葉を用いるのはわかるが、採用される側の表現なので気になったのだと思う。ネットで調べると、当たり前のように使われている表現でもありそうだし、そのような表現が求められているからこそ、学生はそうしているのだとも思うし、それは仕方ない。

でも、人材=human resourceだとしたら、いかに良い資源になるかを述べている決意文ということになってしまう。その良さというのは、組織の目的合理性に基づいた良さ以外の何物でもない。外からの要望に合わせて自分自身を構築していくことが生き方になっていて、自分は内側からどのように生きたいと思っているのかが忘れられるということは、ないだろうか。せめて、どんな「人材」になるかを考えるのと並行して、どんな「人間」になるのかを考えてほしい。なんていう心配が余計なことであれば、うれしいな。

「労働者の権利」と違って「人材の権利」という表現は不自然だが、もはや「人材にも権利を」と言うべきなのかも知れない。