備忘録

科学技術論を専門とする大学教員・研究者である林真理の教育、研究、生活雑記。はてなダイアリーから移行してきました。

多能性をもつ幹細胞の代替供給源

アメリカ大統領生命倫理委員会の報告「多能性をもつ幹細胞の代替供給源」
http://www.bioethics.gov/reports/white_paper/index.html
 もともと胚性幹細胞を採取するためには、誰かの受精卵を胚盤胞段階で破壊してそこから取り出す必要があるとされている。この方法に対しては、生命(の萌芽)を破壊するものではないかという批判がある。そこで、別の方法を用いて同等の細胞を確保する方法に関するこういった検討が行われているのだろう。この報告書では、次の4つのアイデアの倫理的および科学的な問題点が検討されている。
(1)体外受精のために作成された凍結胚のうち「死んでいる」つまり子宮に戻すのに適さないと見なされる胚から幹細胞を取り出す。
(2)8または16細胞期の割球段階の胚から細胞を取り出す(残りの細胞は胎児に発達する)。
(3)遺伝的または生物学的に改変された細胞で胎児に発達する機会はないが、幹細胞を持っている胚様の組織を作ることができる細胞を用いる。
(4)胚性幹細胞のような多能性をもつように、体細胞を再プログラムする。
 意図としては、より倫理的で、生命の尊厳をより重視するようにと考えられて、このような議論が行われているのだと思う。ところが、そのことが同時に生命の価値をより細かく判別し、生命の手段化を可能な限り進めるという結果を導く。どこか歪んでいる気がする。このパラドックスはどうして起こるのだろう。これが大きな疑問だ。
 たとえば(1)の方法をとったとき、どのようにして胚がもう本当に発生しない状態(「胚死状態」?)かどうかを確かめるのだろうか。多数の胚を使った実験を行い、それをもとに「胚死」判定基準を作るのだろうか。胚死判定マニュアルを作るのだろうか。