備忘録

科学技術論を専門とする大学教員・研究者である林真理の教育、研究、生活雑記。はてなダイアリーから移行してきました。

デイケア?

 このところ、新宿の某ホテルの地下にある「1000円10分系」の床屋さんが行きつけになっている。
 本日、比較的空いていそうな午前中に飛び込んだところ、私の次に隣の台でカットに入ったのは、お年寄りのご婦人のようだった。「ようだった」というのは、直視はしていないのでよくわからないが、声や会話からどうやらそうらしいということである。
 こういうスペースはサラリーマンや男子学生向けだと思っていたので、へえこんな人もここに来るんだとちょっと意外な感じを覚えたのだが、驚きはそれだけで終わらなかった。
 どうやら店員さんの方は覚えていなかったらしいのだが、おばあさんによると今回がその店員さんにカットしてもらうのは二度目だということである。最初はおばあさんの方の勘違いかも知れないと疑ったが、店員さんの趣味がドライブということをちゃんと把握している等、おばあさんの記憶は確かそうである。そして、散髪台に上がる前に、(これもまた私は鏡を見つめるしかなかったので詳細は不明だが)お土産を取り出して渡していた。店員さんは、ありがとうございますといって受け取った。
 その後、温泉に入ったときに濡れないようにして欲しいという注文で始まった二人の会話は、おばあさんの日常生活の話になり、板橋に住んでいるおばあさんが新宿のこの店に来るのをとても楽しみにしていること、三田線新宿線という2本の都営地下鉄を乗り継いで(注1)新宿に到達し、その後地下街を歩いてここまできていること、などがわかった。今回も、そうやって散髪には来たものの、あれこれ注文に迷った末、結局実際に切るべき髪の量はほどんどなかったようだ。
 この女性は、伸びすぎた髪の機械的切除という単なる日常生活の必要性からここに来る私とは、まったく違う目的でここにいるのだろう。このできごとが印象的だったのは、「1000円札の床屋さん」が合理性を商品価値にしている(注2)にもかかわらず、この女性の行動はそれに挑戦するものだったからである。しかし安価であるという性質は、お金はあまり持っていないけれど自分の時間だけはたっぷりとある人にとって魅力的なものでもある。最初は意外だったが、とても幸せなマッチングを見たような気がした。
(注1)70歳以上の都内在住者に発行されるシルバーパスがあれば、無料で乗車できる。
(注2)狭小なスペースに置かれた簡素な散髪台、1000円札しか使用できない券売機、券売機と連動した自動待ち時間表示、時間待ちのための腰掛けが単なる棒、などなど合理性の粋を尽くしてある。