備忘録

科学技術論を専門とする大学教員・研究者である林真理の教育、研究、生活雑記。はてなダイアリーから移行してきました。

喪明け(ただしネコ)

 その部屋は彼の部屋だった。8年前に引っ越して来てからずっと、3LDKの「3」のうち一番広いその部屋には、家具を何も置かなかった。彼に汚されることを恐れたためだ。猫用トイレと、水入れと、それから皿が1つか2つ置いてある、殺風景な部屋だった。
 しばらくのあいだ、夜はその部屋に押し込まれた。その後少し歳をとって粗相が減り、また高いところに登れなくなってから、比較的物の少ないLDKも開放された。雄ネコの習性から、あちこちを自分の領地にしたかった彼としては、それが不満だったようで、隙があれば他の部屋に逃げ出し、ほんの短いあいだにいつのまにかマーキングをして人間を悔しがらせた。連れ戻されて本来のトイレに誘導されることもあったが、そのときはとても不満そうな表情を浮かべて用を足していた(ように見えた)。
 夜中に大声で起こされて、トイレに誘導するのが日課だった。トイレの砂や場所などをいろいろと変えて手を尽くしても、自分では入ろうとせず、自分でするときはだいたい別の場所を選んだ。夜中に鳴き声が聞こえると、掃除1回分が助かると思って、眠いのをこらえて「排尿介助」を行った。それでも、一度人間を起こしたくらいでは収まり切らないため、彼が汚した床や壁の掃除が毎朝の仕事となった。ときにはカーテンも洗濯した。
 彼の死から半年近くが過ぎ、やっとその部屋に本棚を運び込んだのがこの週末。
 まだ床や壁紙に彼の臭いが残っている。多分ずっと残るのだろう。ここに住んでいる限り忘れることはない。